科学技術と社会を縁の下で支える「バイオリソース」をどう伝え、活用するか /「バイオリソースは生命の方舟〜ダイバーシティが拡げるバイオの可能性〜」

 いまだ世界的に蔓延する新型コロナウイルス感染症は、バイオテクノロジーが私たちの社会に必要なインフラであることを浮き彫りにしました。そのバイオテクノロジーに関する研究開発を支えているのが「バイオリソース」です。正確な実験を行う為、サンプルである動植物や細胞、遺伝子等は、品質を保ちながら保存し、必要に応じて速やかに提供される必要があります。また、バイオ-生物は社会や自然に大きな影響を与える可能性がある為、関連技術の研究開発だけでなく、付随する様々なルールの策定も重要となります。

 理化学研究所バイオリソース研究センター(以下BRC)は、日本でのバイオリソース管理の拠点のひとつです。今年、設立から20周年の節目を迎えるにあたり、BRCはアウトリーチ活動を通した社会との連携を目指します。2021年3月6日、そのファーストステップとして、一般向けにBRCの事業の紹介を行いバイオリソースの活用法や市民とのコミュニケーションについて方向性を探ることを目的として「バイオリソースは生命の方舟:ダイバーシティが拡げるバイオの可能性」を実施しました。

バイオリソース管理の拠点としてBRCが担うもの

前半のトークセッションでは3名の研究者が、BRCが担うバイオリソース整備事業の意義と、研究開発について紹介しました。

最初に登壇したのは、バイオリソース情報のデータベース化や発信を担う統合情報開発室の枡屋啓志室長。桝屋室長によれば、もともとバイオリソースという概念は、より効率的な農畜産物の生産を実現する中で生まれたものだといいます。つまり、純粋な系統の家畜や愛玩動物を保護する試みが、科学の正確さを担保する資源となったと言えるのです。桝屋室長は『「質の高い」研究、つまり再現性が良い研究の成果を生み出すために、バイオリソースは必要不可欠』と、その重要性を強調しました。




 次世代ヒト疾患モデル研究開発チームの天野孝紀チームリーダー(TL)のトークのテーマは、昨年ノーベル化学賞の対象として注目が集まった「ゲノム編集」について。天野TLらのグループはこの技術を利用し、難病や生活習慣病を再現したモデルマウスを作製、治療法の開発につなげる研究を行っています。将来的にはヒトへの利用も想定されるところですが、その実現に向けては『倫理的・社会的な影響に対する討論も必要』(天野TL)とも指摘し、慎重な議論を呼びかけました。


 
 3人目は植物-微生物共生研究開発チームを率いる市橋泰範チームリーダー(TL)。主に土壌での植物と微生物の共生関係を調べている市橋TLが取り上げたのは、それらの遺伝子の解析に必須となるPCR(Polymerase Chain Reaction)の技術です。いまや新型コロナウイルスの診断法としてお馴染みですが、特定の遺伝子を短時間で増やせるという特長から、バイオリソース研究でも活躍しています。BRCでは様々なバイオリソースに由来する遺伝子を、PCR技術を用いて大量に合成し、解析・検査に用いています。その他、BRCでは単なるリソース整備だけでなく、最先端のバイオテクノロジー研究も進められています。



バイオテクノロジーと市民社会との接点

 後半は、市民がバイオについて興味を持つためのコミュニケーションや、産業とバイオリソースの関わりについてヒントを得るべく、そうした場所で活動している2名の実践者が登壇しました。

 口火を切ったのは、生命科学に興味を持つ一般市民が集まるコミュニティ「BioClub」の細谷祥央マネージャー。このコミュニティでは『センス・オブ・ワンダーのその先へ』というスローガンのもと、市民が自分の興味に従って簡単な実験を体験する場を提供しています。細谷様は『市民による実践には、外部の専門家によるサポートが不可欠』と述べ、両者を繋ぐ「サイエンスコミュニケーション」という概念を紹介しました。


 続いて、ベンチャー企業「インテグリカルチャー」の羽生雄毅代表取締役が、同社の事業内容である培養肉生産を詳しく紹介しました。羽生様は自社の事業内容について、人工的に食肉を作るだけでなく、皮革や化粧品の製造等、細胞が関わるあらゆる産業と関係しうると説明。バイオリソースの新しい利活用には、他業種との協業が必要と説きました。羽生様達の取り組みについては研究者側からも『食用という新しいニーズが分かり刺激的だった』(天野TL)等、新鮮味を感じる声が聞かれました。



社会を支える「縁の下の力持ち」バイオリソースのあり方

 休憩後行われたクロストークとその後のアフターセッションでは、今後のBRCと市民・社会との関係について、登壇者と参加者との間で意見交換が行われました。

 桝屋室長は『BRCはバイオリソースという縁の下の力持ちを取り扱う為、どうしても社会との接点を作りづらい部分があるが、その重要性を認識して頂きたい』と述べました。これに関連して細谷様は一般市民の興味を引くワークを通じて、専門的な話題の理解を目指すBioClubの理念を紹介。『まっすぐ語りすぎない』コミュニケーションの可能性を示しました。 

 羽生様は将来のバイオリソースの利活用について『公的組織として品質管理を担うBRCのような存在が変わらず必要となる』と言及しました。産業とも密接に結びつくバイオリソースの取り扱い時には、市場原理に基づく運営がそぐわない場合も想定されます。桝屋室長も『安全基準を守ることは前提としつつ、企業も含め外部諸機関と連携してアウトリーチを進めたい』と抱負を語りました。

安全安心を守りながら、新しい情報発信を 

  市民の安心に直結する質の高い研究を支えるバイオリソースの取り扱いは、ミスが許されないシビアな面があります。一方でそれを発信していくアウトリーチについては、既存のやり方にとらわれず、新たな形を模索していく必要があります。その実践を積み重ねることで、研究者と市民の双方がリテラシーを涵養し、社会全体を巻き込んだ新たな利活用にもつながるのではないでしょうか。