2018.11.24 (土) 18:00 –

WET - WARE / FAB - FABRIC 第一回目「生命を身につける」 半生命的素材とはなにか イベントレポート

WET - WARE - / FAB - FABRIC #01 「半生命的素材とは何か」
人間中心主義を越境するファッション - 立ち現れるバイオテクノロジー時代の生産と美学
Text by 川崎和也

デザインリサーチャー川崎和也とバイオクラブ・ディレクター石塚千晃が主催するバイオテクノロジーとファッションの交差による新たな創造性ついて考察/実践するワーキンググループ『WET - WARE / FAB - FABRIC 』。記念すべき第一回の会議では、これまで前提となっていた「人間中心主義」的な衣服のデザイン概念を再考を試みた。私はこれまで、バイオ・ファッション・デザインというコンセプトを掲げ「バイオロジカル・テイラーメイド(Biological Tailor-Made)」という作品を制作してきた。バイオという観点からファッションを眺め、バクテリアとの協働を通した服作りを模索することで、ファッションがこれまで十分に注目してこなかった「衣服と自然、非人間との関わり」について明らかにできないかと考えたのである。本会議はそのような問題意識と地続きにある。

そこで今回は、バイオアートに関わる展覧会の企画を数多く主導し、ファッションの批評誌『Vanitas』に挑戦的な論考「バイオファッションにおける半生命的素材の諸問題」を寄稿した、金沢21世紀美術館・アシスタント・キュレーターである高橋洋介氏をお招きした。高橋氏による冒頭のプレゼンテーションにおいて、アーティストであり研究者のオロン・カッツによって提唱された「半生命(Semi-Life)」という概念を前提に、今日ファッションデザイン領域において開発が加速している「バイオマテリアル」の多様な事例について導入的解説がなされた。「半生命」とは、自然と人工、生命と非生命の境界を曖昧にする存在を指すが、CRISPR-Cas9をはじめとした遺伝子編集技術や合成生物学の進展と、アーティストやデザイナーが自ら生物実験に取り組み発明を行うバイオハッキングの実践が、人間の存在論的な定義を揺るがし、さらには我々が自らの身体に纏う衣服の概念を根本的に変化させうる可能性を秘めているのだという。

高橋氏によって提出された「派生/発生のバイオクチュール」のフレームワークに従えば、前者の「派生」はプレタポルテ的───つまり従来の大量生産・大量消費との親和性を持った実践群である。これらの特徴を端的に言えば、「バイオファッションの新しい生産───製造方法や機能性の提案」ということができるだろう。例えば、山形県鶴岡市に拠点を構えるSpiber株式会社は「フィブロイン」と呼ばれるタンパク質源を原料にシルク糸「QMONOS」を生産し、ゴールドウィンとの共同によってバイオマテリアル由来のマウンテンパーカを製造することを試みている。彼らが強調するのは、一つには蜘蛛の巣を模倣することによる糸の「強靭性」であり、これは工学の領域において長らく用いられてきた生態模倣(バイオミミクリー)を前提とした機能のデザインということができるだろう。衣服のもっとも原始的な機能である「身体の保護」を強化するという観点から、バイオファッションが提案する新たな機能性として捉えることが可能である。もう一点は、「持続可能性」である。急激な気候変動と地球資源の枯渇に加え、ファッション産業があらゆる産業の中でも2番目に自然環境にダメージを与えていることから、持続可能なファッションが希求され始めていることが背景にある。討議においても議論に上がった「人新世(アントロポセン)」は、エコロジカルなファッションの必要性を補強する理論的基盤になりつつある。

それに対して「発生」の特徴は「バイオファッションの新しい美学───意味や意義、そして美の提起」であり、オートクチュール的特性を持ち合わせる。Tina Gorjanc(ティナ・ゴヤング)によるコンセプチュアルなコレクション「Pure Human」で制作されたアレキサンダー・マックイーンのDNAから幹細胞培養を実施し制作した培養レザーは、高橋氏が提唱するフロイト的「不気味なもの」を伴った「形質変換のグロテスク」を示唆する事例として興味深い。ゴヤングのパーソナルなフェティシズムは、作品が仮託する一般に流通するピッグ・レザーとしての造形を超えて露見する。対象への愛着や憧憬を素材の遺伝子の中に組み込むということ。この制作に対する歪なモチベーションはバイオファッションに関わる「欲望」の一形態として考えるに値するだろう。

《川崎和也,Biological Tailor-Made,2017》

派生/発生のバイオクチュールは互いに共進化し、生産と美学の両観点からバイオファッションの諸実践を駆動しているが、展望として、両者を脱構築するバイオクチュールのあり様について考えたい。大まかなファッション史の展開を、オートクチュールからプレタポルテへの移行がもたらしたファストファッションの隆盛、と安易に捉えようとすればファッションの未来はあまり明るくはない。派生/発生のバイナリが提起する、生産と美学、プレタポルテとオートクチュール、大量生産と注文服、のそれぞれをマッシュアップした「マス・カスタマイゼーション」としてのバイオファッション───それを「編集のバイオクチュール」と呼んでみる。ゲノム編集技術が、例えばNIKE iDのパラメトリックなカスタマイズ・システムように、一般ユーザでも編集可能な自律・分散的環境として利用できるようになったら?

 最後に、バイオファッションに対する「欲望」の所在について考えてみよう。果たして、バイオファッションは誰のためにあるのか?近年のセレブリティによるパーソナルトレーニングダイエットの流行や、タトゥー、ピアッシング、ボディサスペンションなどの身体改造に好意的なミレニアム世代による「モダン・プリミティブ」の現象などからも見られるように、ファッションに内在するプリミティブな欲望のかたち───「自らの身体のかたちでイメージを変形させること」への欲求が、もしかしたらバイオファッションと親密な関係性を結ぶかもしれない。宗教画における悪魔や天使、ボルヘスが描いた空想の中の幻獣、民族的儀式としての身体改造───それは、建築史家であり批評家のバーナード・ルドフスキーが『みっともない身体』や「衣服は現代的か」で明らかにしたような「変身(メタモルフォーゼ)」への欲望。バイオテクノロジーの急進的な発展が、逆説的に人間の前近代的な「変身への欲望」をリバイバル的にドライブする。そんな未来を、人間中心主義を越境するファッションとして夢想することは果たして可能だろうか?

《イベント概要》
WET / WEAR - FAB / FABRIC:対話編  第1回「生命と衣服」半生命的素材とはなにか───バイオテクノロジーと芸術の融合がもたらす革新と危機 ────高橋洋介(金沢21世紀美術館キュレーター)+川崎和也
日時:11/24(土)18:00 – 20:00 (17:30 Open)
場所:FabCafe MTRL (東京都渋谷区道玄坂1丁目22−7 道玄坂ピアビル2階)  
参加費:1500円
http://bioclub.org/event/wet-w...